ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆232

ある日の、当時は社宅の一室であった神崎宅

「なぁ裕司!ウチの女房は最高だろう!そう思わんかぁ!?」

また、いつもの展開だと苦笑する裕司。

「えぇ本当に」

だがそれも事実。

二人で飲んでる時、雄一郎が酒に酔うと大抵話題は奥さんの自慢話になる。

「お前も早くウチのみたいなの見付けて身を固めろ!」
「余計なお世話ですよ」
「ウチのも心配しとったぞ!誰か良い人居ないのかしらってなぁ」

当時、女性に縁が無かった裕司には耳の痛い話であった。

「それはそうと神崎さん、その気持ち、奥さんにちゃんと伝えた事あります?」
「何がだ?」
「だから奥さんに愛してるって言った事有ります?」

途端に真っ赤になる雄一郎。その原因は酒による物では無い。

「ア、ア、アホかっ!何でそんな事、一々言わなきゃならんのだっ!?」

予想通りのリアクション。

「そんだけ自慢の奥さんだったら、日頃の感謝の気持ちを、ちゃんと伝ないと……」
「か、感謝の気持ちだったら、いつも伝えとるっ!」
「どうせ、いつのスマンなぁ、とかでしょ?そんなんじゃ駄目ですよ。ちゃんと好きだ、愛してるって…」
「そんな恥知らずな台詞、言えるかっ!それに黙っていてもウチのはちゃんと判ってる!それが夫婦とゆうもんだっ!」

愛の言葉を恥知らずで片付けるのも酷い話である。そこに

「一体、何の話ですか?」

澄子が煮物と、雄一郎の大好物で裕司もお気に入りであった澄子特製の葱入り玉子焼きの御代わりを盛った器を乗せた盆を手に現れる。

「奥さん、神崎さんが何か伝えたい事が有るそうですよ」
「ばっ!……」
「あら?何かしら?」

器をテーブルに置いて雄一郎の隣にちょこんと座る澄子。

「…………き、今日も美味いぞ!…………うん実に美味い!!」

御代わりの玉子焼きを一切れ、口に放り込む雄一郎。

「あちちちっ!」

出来立てで熱々だから当然こうなる。
ハフハフと口の中を冷ましながらグラスのビールで一気に流し込む。

「御粗末様でございます」

澄子が笑いながらも嬉しそうに頭を垂れる。

「神崎さん違うでしょう!もっと他に……」

すると雄一郎は無言で立ち上がり、そのまま逃げる様にトイレへと向かった。



また、晩年のある日

「ワシも賢治みたいにギターでも弾けたらなぁ。ウチのに何か聴かせてやれるんだが」

その気持ちは敏広や裕司達もよく解った。

男だったら惚れた女にピアノやギターで何か1曲、捧げたいと一度は誰もが思う物。

雄一郎も本当だったら何らかの形で自分の素直な気持ちを澄子に伝えたいと心の奥底では思っていたに違いない。

だが結局、その想いを直接伝える事無く雄一郎は先立ってしまった。

ならば自分が代わりに伝えようじゃないか。

その為には自分がギターを、ただ歌うだけじゃ無く、かつて雄一郎が夢見た様にギターを弾きながら歌う。それを自分が体現しようと。それこそが世話になった雄一郎への最大の手向けに成ると同時に澄子への最高の贈り物に成るんじゃないかと考えた裕司は毎日、必死になって練習を重ねたのだった。

そして、その成果は仲間達の予想以上に形となって現れた。

とても初めて披露するとは思えない程に裕司の弾き語りは実に堂々としており、何より唄に込められた想いが吐息とメロディと共に心地良いギター・サウンドと調和してオーディエンスのハートにダイレクトに響く。

途中、アルペジオ部分を少しトチってしまったが後は完璧と言っても良い位の出来でワンコーラスを弾き切った裕司。

やがて、賢治によるリード・ギターのメロディアスな旋律が曲の切なさをより引き立てる。

そして澄子は裕司の唄を聴きながら雄一郎と過ごした日々を思い出していた。

晩年、自宅で湯船に浸かっている時、晩酌でほろ酔いな時、雄一郎は機嫌が良いと何故かいつも、この何処か暗い雰囲気がする曲を好んで歌っていた。

毎日の様に聴こえてくるので澄子の耳にもすっかり馴染んでしまうも、その時は特に何の感想も持つ事は無かった。

だが、実はこの何気ない唄こそが雄一郎の澄子に対する『愛の言葉』であったのだ。

不器用で照れ屋な雄一郎が自分の精一杯の気持ちを日常の生活の中でこの曲に託していたのだった。

その想いが今、裕司の歌声と共に甦り、澄子に、ささやかながら幸せだった日々を思い出させる。

「神など~信じないが~愛なら~信じられるさ………」

裕司の唄が痛い程に自身の心に染み渡る。

《雄一郎さん………》

澄子の瞳から溢れ出す涙。そして、その瞳に映る裕司の姿に澄子は雄一郎を重ねてしまった。

つづく

コメント

  1. ぺこちゃん より:

    良いですね~揺れるハート
    ステージの【長い旅】から神崎さんご夫妻のお話しにつながるくだりは
    お二人の様子が目に浮かんで
    胸にしみて泣けちゃいます涙

  2. 大阪の永ちゃん狂い♪ より:

    あかん
    ほんまにちょっと泣けてくる

  3. AKIRA より:

    ぺこちゃんさん♪^^
    良いでしょ
    この232は第伍章の中でも、かなり重要な部分でして自分でも気に入ってます
    ボロボロ泣いて下さい(笑)

  4. AKIRA より:

    大阪の永ちゃん狂い♪さん♪^^
    願わくはちょっとでは無く号泣して下さいませ(笑)

  5. Baybreeze より:

    澄子さん、幸せだな~とうらやましくなりました
    ステージからじゃなくて、Barの片隅でいいのでギターつま弾いて
    優しく歌ってくれる人いたらいいな~なんて妄想しちゃいました(笑)
    そんな時、聴きたい曲は・・・愛しい風かな~

  6. AKIRA より:

    Baybreezeさん♪^^ありがとうございます
    http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=BayBreeze
    この展開は自分でも自信有りの内容でしたので、そう言って頂けると物書き冥利に尽きるであります
    ♪愛しい風ですか
    裕司に練習させておきます(笑)

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