高校を卒業すると遥子は実家を出て世田谷区経堂に住む姉の麗子夫婦宅に二年間世話になった。
本当は進学と同時に大学の近くにアパートを借りて一人暮らしを始めたかったのだが未成年という事で両親に反対され麗子が自宅マンションの空部屋を提供してくれたのだ。
居候になるのを嫌がった遥子は姉夫婦に家賃を払う為に下北沢のライヴハウス『ヘヴンズ・プリズナー』でアルバイトを始め、そこで大学時代の敏広と賢治の二人と知り合う。
遥子から見た敏広の印象は『ナンパで軽いが根は良い奴』であった。
当時のYASHIMAは不定期だが年に4~5回はHPでライヴを行い他の大学生、社会人バンドと比べても群を抜いて上手かった。
しかし来場客の女の子に片っ端から声をかけ、その中には当然、対バンの身内も居たので他の出演者からは余り快く思われておらず当然、遥子もナンパされた。
だが控え室の整理整頓に会場内の片付け、また対バンの機材トラブル等が起きた際には率先して処理を手伝う等その的確な判断力と迅速な行動力には一目置く者も多く、それ故に遥子も敏広に対して好感を持っていた。
ただ、この時の遥子達の繋がりはそれ以上に発展する事は無かった。
三年に進級すると学校近くの四谷の賃貸マンションに引越し、そこでバイト先を神楽坂に有るロック・バー『ザナドゥ』に変える。
そして1999年の12月
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「えっと6人なんだけど」
「ではこちらのテーブルで宜しいですか?」
新規の客を席へと案内する遥子。
その時、客の一人が
「ねぇ!前に何処かで逢ってるよね?」と遥子に聞いてきた。
よくあるナンパの手口である。
「お前、今それをやるか?」と呆れる同伴者の一人。
「違う違う!マジで彼女に見覚えがあるんだって!」
「お飲み物は何になさいますか?」
遥子も、この手のナンパには慣れているので愛想笑いを浮かべながら事務的にオーダーを伺う。
だがその時、別の一人が
「あぁ!ヘヴンズ・プリズナーの!」
その言葉に驚いて声の方を見る。
「そうだよ!確か………遥子ちゃんだ!」と最初の男。
「……あっ!」
遥子も男達の事を思い出した。
それは敏広と賢治であった。また他にはHPで偶に見掛けた事が有る裕司も。後の三人の女性は初対面でその後、会う事は無かった。
思わぬ所で再会した遥子達。
「武道館の帰り?」
「そうそう!よく判ったねぇ!」と敏広。
「だってそれ」と敏広達が持っていたタオルを指差す。
それ程多くは無いが同じ様にYAZAWAタオルを持った客のグループが他にも居るので直ぐに判る。
この時期は武道館周辺の飲食店ではコンサート帰りのYAZAWAファンは少々賑やか過ぎるが良いお客さんであった。
そして敏広達もコンサートの感想を熱く語らいながらラストオーダーまで何杯もビールを御代わりして店の売上に貢献してくれた。
やがて閉店。最後の片付けに係る遥子達。
すると敏広達の居たテーブルではジョッキやプレートが綺麗にまとめられ片付け易くなっていた。
そのままの状態でも手間は大して変わらないのだが自分達、店のスタッフに対する気遣い、配慮が伺えて有難く感じ同時に遥子はHP時代の気配り上手な敏広を思い出した。
翌日、そして翌年も敏広は武道館の後に賢治達と『ザナドゥ』に訪れ、この頃には雑談を交わす位には親しくなったが遥子がYAZAWAの洗礼を受け敏広達と仲間になるのはもう暫く後の事であった。
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