それは奇跡的な光景であった。
殆どの観客が身じろぎ一つせず裕司の唄とYASHIMAの演奏に聴き入り、控え室では琴音とサギ高吹奏楽部員達もモニター画面に釘付けとなっていた。
また、音効さんや会場関係者も、その場で立ち尽くす様にステージを眺め、それ等全てが、この♪長い旅という曲の世界観と自身の人生を自然と重ね合わせてしまい多くの者が涙していた。
「死ぬまでの~長い~旅だぜ………」
裕司がフル・コーラス歌い切る。
静かに鳴り出す拍手。
1階席のYAZAWAファンが一人また一人と立ち上がる中、エンディングでは賢治の泣きのギター・ソロとバンドのエモーショナルなサウンドがドラマティックな盛り上がりを演出する。
やがては、そのスタンディング・オベーションと相重なり、その壮大なオーケストラは今日のYASHIMAのパフォーマンスだけで無く、この楽曲を創造した矢沢永吉の存在をも讃えているかの様に感動的で麻理子はこの日この時、この情景を一生忘れる事は無いだろうと思った。
そして麻理子は、この時ばかりは本来の自分の役目を忘れ、止めど無く溢れる涙を拭いもせず裕司達に拍手を贈り続けた。
静かに曲が終わる。
いつまでも鳴り止まない拍手。
裕司、敏広、賢治が中央に集まり加奈子と清純も前に出てきて、それに応える。
「皆さん今日は本当にありがとうございました!!」
バンマスの敏広が白マイク・スタンドで叫ぶ。
すると観客の殆どが一瞬、呆気に取られ、拍手に混ざり不満の声が客席から漏れ出した。
「何だよ、もう終わりかよ?」
「嘘でしょう?」
「まだ1時間も経ってねぇじゃねぇかっっ!」
ステージ中央で揃って礼をするYASHIMAの面々。
すると一部からはブーイングを浴びせる者まで出てきた。
敏広達が、そのままステージ上手側へと掃けてゆくと、そのブーイングは益々大きくなっていき、それは抗議と思える様な何処か攻撃的な永ちゃんコールへと変化。
一転して殺伐とした雰囲気となる場内。
そんな中
「もう………御終いなの?」
寂しげな表情を浮かべた澄子が麻理子達に問う。
「この後アンコールが有りますけど……」と麻理子。
「でも……アンコールって1曲か2曲位なんでしょ?」
「えっ、まぁ……」
「そんな………」
今にも泣き出してしまいそうな程に澄子の表情が崩れる。
この澄子の反応は麻理子も真純も予想外であった。
「でも判らないよ!敏広さんってお調子者だからアンコール5回とかするかも!」と千晶。
「えぇ………」
その言葉に力無く返事をする澄子。
暫しの沈黙。
1階席では暴動でも起こりそうな危険な雰囲気の中
「こんな事、言っては我儘かしら?」
「えっ?」
「出来る事なら5曲でも6曲でも……いえ、もっと……私、もっともっと彼等の演奏を聴いていたい!」
ステージを見詰めながら切実な願いに思える様な表情で訴える澄子。
それを見て麻理子と真純が互いの顔を見合わせる。
小さく頷く真純。
麻理子は急いでバッグから携帯を取り出し、保存していたメールを一斉送信した。
コメント
本当にドラマを見てるかのようです☆
特に「長い旅」のエンディングはドラマティックでこのシーンにピッタリの曲ですね~。感動しました。
chinatownさん♪^^ありがとうございます
http://blog.goo.ne.jp/chinatown77
頭の中でイメージした映像を可能な限り文章化する様に心掛けてますので、その様な感想を持って頂けると何とも嬉しいであります
いよいよ大詰めですので今後もヨロシクお願いします