ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆195

洗面所で泣き崩れたまま眠ってしまった謙。

目を醒ますと夜中の2時を廻っていた。

頭痛と嘔吐感は既に無く譲は部屋の掃除を始め風呂を沸かし5時には全ての身だしなみを整え職場である銀行へと向かった。

誰も出勤していない早朝のオフィスにて掃除を始める謙。

日常の清掃よりも徹底的に部屋の隅から隅までピカピカに仕上げる。

掃除が終わり雑巾の入ったバケツを片付けようとした時に

「寺田さん!」

いつも一番に出勤してくる若い女性行員が驚きの声を上げる。

「あぁ、お早う!」
「お早うございます!それより身体の方は大丈夫ですか?」
「えっ?」

不可解な顔をする謙。

「あっ、そんなの私がやりますから!」

雑巾バケツに気付いた女子行員が自らのバッグをデスクに置いてバケツに手を伸ばす。

「掃除は一応終わったよ」

その後、次々に職員が出社してきては皆が「大丈夫ですか?」と二言目には聞いてくる。

「おぉっ!寺田君!大丈夫かね?」

上司も開口一番聞いてきた。

「君が連絡も無しに休むから皆、何か有ったのかと心配してたんだぞ!」
「電話しても出ないし」
「夜、お部屋にも伺ったんですけどお留守だった様で」

電話、訪問、共に眠りについていた時だ。

「皆様、申し訳ございません!」

突然、深々と頭を下げる謙。

「昨日は二日酔いで酔い潰れていました」

正直に打ち明ける。

一瞬、呆気に取られる職場の者達。だが次の瞬間、全員が同時に大笑いし始めた。

予想外の周囲のリアクションに戸惑う謙。

「こ、これはこれは!当行一番の真面目男、寺田君の口からそんな冗談が出るとはっ!!」
「本当にどうしちゃったんですかぁ!?」
「い、いや、冗談なんかでは……」
「ま、まぁそんな冗談も言える位なら体調面での心配は無さそうだな!」

肩をポンポンと叩かれる。

「何にしても安心したよ!それじゃ今日は昨日の分もしっかり働いてくれよ!」

普段の勤務態度が真面目な為に誰も謙の言う事を本気に捉える者は居なかった。

「それじゃ今日も一日頑張ろう!」

自然と活気が満ちてくる職場。謙の気持ちも次第に晴れやかになってゆくのが感じられた。

それから謙は、澄子への想いを完全に捨て去る事は出来なかったが二人を祝福する事が自分に出来る愛の証だと考えを改め、その後も澄子の母と神崎夫妻に自分が出来る事での様々な協力を惜しまなかった。

特に神崎家の資産運用に関しては最大限の助力を発揮し、また澄子が父親譲りで数字に強く経済面に明るい事も幸いして着実に増やす事が出来た。

やがて謙も職場で見合いを薦められ結婚。

二人の子宝にも恵まれ子供の居なかった澄子にとって二人は甥っ子の様な存在になり二人も両親に反抗する事は有っても何故か澄子に対しては常に素直で良い子であった。

そして長男の徹は父と同じ銀行員、次男の護は弁護士の道を進み父の謙は晩年

「神崎夫妻を、澄子さんを宜しく頼む!」と二人の息子に告げその生涯を閉じた。

当時まだ、自分の女房が在命にも関わらず他の女を宜しくとは如何な物かとも思ったが、そこは同じ男。

薄々、父の気持ちに感づいていた二人は、その遺言に応えてやろうと仕事とは別に神崎家の財務、法務に関する全般を積極的に請け負う様に成るのだった。

つづく

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