ネット小説☆女達のトラベリン・バス☆196

夏も終わり秋の気配が色濃くなってきた9月の21日。神崎澄子は川崎のOpen Your Heartに訪れた。

真純とオーナーの眞由美に御呼ばれされたのだが此処に来るのは、この年の新年会以来。

『本日貸切』のプレートが掛かったドアを明ける。

「こんばんは」
「いらっしゃいませぇ!」

眞由美の明るい声が響く。

「お待ちしてました!どうぞこちらへ!」

薄暗い店内を通され奥のソファに促される。

着席すると既に周りには馴染みの顔が揃っていた。

だが誰も押し黙ったまま何も言葉を発しようとはせず雰囲気も何だか物々しい。

澄子が戸惑っていると

パパッ!

突然、照明が灯ると同時に皆が立ち上がった。そして


「♪Happy Birthday to you~

Happy Birthday to you~

Happy Birthday dear 澄子さん~~~~~♪」

ここで少し引っ張る。

「♪Happy Birthday~to~you~~~~~~!!」

大合唱の後に盛大な拍手が巻き起こり直後に愛美が大きなバースデー・ケーキを澄子の前に静かに置く。

呆気に取られる澄子。

嬉しくない筈が無い。だが余りに突然でどんな顔をしていいのか判らない。

誕生日を祝って貰うなんて父が生きていた頃以来。結婚後は、そんなイベントも無く澄子自身、別に望んでもいなかった。

やがて年齢を重ねる事が嬉しくない世代を迎えて久しいのに今は喜びが込み上げてくる。

ただそれは誕生祝いという事より此処に居る者達による自分への心遣いが何よりも嬉しいのだ。

自然と涙が零れ落ちてくる。

「皆さん、ありがとう。私の為に、こんなにも良くして下さるなんて……」
「千晶ちゃんの発案なんですよ」と愛美。

その千晶はエッヘン!と得意満面な笑顔をしている。

実は澄子の誕生日に関しては真純や眞由美達も何かお祝いしたいと考えていた。

だが有る日、千晶が突然「澄子さんのバースデー・パーティーやりたい!」と愛美達の携帯にメールを一斉送信。

妙にやる気満々だったので、ならばと他の大人達は千晶をフォローする立場に廻る事にしたのだ。

「千晶ちゃん、本当にありがとね」
「そんな事よりぃ、早く蝋燭ローソク!」

急かす千晶に困った様な笑顔を見せる澄子。

愛美が店内を消灯させる。バースデー・ケーキに灯された炎だけが静かに揺れている。

一瞬の沈黙の後に深呼吸をして吐息を吹き掛ける澄子。

中々消えないので横に居た千晶が乱入して一気に吹き消す。

一斉に笑いと拍手が起こり店内が明るくなる。

千晶の行為に身内の里香と永悟は呆れ顔だったが澄子は屈託の無い笑顔を見せていた。

「さーて、それじゃ乾杯しましょう!」


テーブルに用意されていたドンペリの栓が次々に抜かれ威勢の良い音がポンッ!ポンッ!と響く。

因みに、このドンペリは真純の奢りであった。

全ての大人達にグラスが渡ると千晶と永悟にはシャンメリーの入ったグラスが愛美から渡され、それにチョット不満顔の千晶。

「折角のパーティーなんだから一杯くらい………」
「だーめ!」と保護者の里香。
「また、ヘベレケになりたいのかよ?」と永悟。《061参照》
「ウルサイなぁもう!!」
「さぁて、それじゃ乾杯の音頭は千晶ちゃんにやって貰おうかしら」
「えぇっ!私ぃ!?」

真純の提案に声が裏返る。

「そりゃそうでしょ!千晶ちゃんが今回のパーティーの発起人なんだから」

「あ、ええっと………」

愛美に煽られ無駄に緊張してしまう。

実は千晶は勝気な性格の割に、こういう事が苦手であった。

また皆が注目してくるので益々固くなる。

「……す、澄子さんの…………お、お、お、お誕生日を祝って…………と、とにかく乾杯っ!!」
「ヤッツケ仕事かよっ!」
「だったら永悟がやればいいでしょっ!!」
「止めなさいもうっ!」

その時、店の扉が開き、どっからどう見ても『その筋の者』と思えるパンチパーマにピンストライプのスーツを着た中年の男が来店してきた。

つづく

UnsplashでDaYsOが撮影した写真
dayso filmmaker – DaYsOが撮影したこの写真をUnsplashでダウンロードする

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